記念すべき【積読】記事10本目。積読のつもりが一気読みしてしまいました。
なので、積読カテゴリにいれるのもおかしいのですが、とりあえず気にしないことにします。
積悩(悩みを積み重ねること)にしてしまうと、心の負担が大きくなってしまうので。
「連休」の行きつく先は哲学者への世界。
結論。個人的に「2000連休は耐えられそうにない」ということがわかりました。
ローマ人であったかは記憶が曖昧ですが、人は労働しないと哲学するということは本当なのかもしれません。(収入を得ることはしているので、著者が全くの不労働というわけではないのですが)
そういう生活への憧れはあったのですが、どうもイメージとは違うような。
「何かしらに没頭できる人生でありたい。それを労働と定義するかの違いはあるとしても。」
と考えたわたしは根っからの労働者階級ということでしょうか。働きたいという価値観が少なからずあったようです。
ちょうど新しい人生を模索している最中でしたが、哲学者になることだけは避けようかと思います。哲学者が日々何をしているのか具体的にはわかりません。哲学者の友人もいませんし。
でも、著者のようにひたすら自分と向き合い思考する人たちのことなのでしょう。
とてもじゃありませんが、気が狂いそうな2000日になるだけです。わたしの場合。
そういう体験をしてみたい人は気軽に読んでみてください。哲学者体験コースにご案内です。
感情を吐き出す理由。書くことでわたしの「本当の気持ち」が見えてくる。
一応、積読ではなく完読してしまったので、内容のほんの一部だけでも紹介させてもらいます。
著者は、この2000日の連休中に「記憶のデータベース」を作るという作業に取り組んでいたのですが、この過程において封印していた感情を書き出すことで精神的に不安定になってしまったという箇所があります。
この展開から著者が導き出した結論が、個人的には本書のハイライトでした。
当ブログの【積読】でも紹介しました「ずっとやりたかったことを、やりなさい」で実践を進めているモーニングページをはじめ、多くの自己啓発書などで「書くこと」が推奨されています。
その効果や実践すべき理由は各書で述べられてはいますが、理屈としては理解できるものの、どうしても実感としてとられられないモヤモヤ感がありました。
それでも「とりあえずやってみよう」精神を信じて習慣のなかに入れ込んではみるのですが、正直「こんなことやるだけ時間のムダじゃないの?」という気持ちが勝ってしまうせいか、習慣づけることができません。
「人は情報では変われない、知識では動かない」の実例と言えるでしょう。
しかし、本書の以下の箇所を読んだとき、腑に落ちる感覚がありました。
また、日常的に浮かんでくる感情を表に出すことを抑制していると、それに比例して、「本当の気持ち」の価値が上昇するのだと気づいた。これは情念の圧迫感を「本当」と解釈しているだけで、書き出してしまうと「本当の気持ち」とも感じなくなる。どちらかと言えば「あるときに自分が感じた気持ち」でしかなく、「本当」と表現するのはおかしいと考えはじめる。口にだせなかった感情を、ただ口に出せなかったという事実ゆえに「真実」と解釈してしまうバグが人間の頭にはあるように思われた。
「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」上田啓太(河出書房新社)
書くことの目的は、自分の素直な気持ちと向き合い感情をスッキリさせることだと思っていましたが、そうではなく、
「本当の気持ちだと錯覚していたある瞬間の感情」を解放することで「本当の気持ち」を表出させる」
ということになるのでしょう。
わたしにとっては、コペルニクス的転回的な納得感があったので、繰り返し読んだベストオブハイライト認定です。
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